雨はまだですか

【東央ダイナー株式会社 社員証取扱要領】 昭和五十六年四月改訂
一、試用期間中の社員には、灰色枠の貸与社員証を交付する。
二、交付時は社員証貸与台帳に所属、氏名、貸与日を記入し、本人の受領印を得る。
三、本採用、退職その他の際は速やかに回収し、返却日を記入する。
四、紛失の場合は庶務課長の承認を受け、同一番号で再製してよい。
五、夜間、三階事務室から退出する者は、正面エレベーター停止後、東非常階段を使用する。
六、非常階段を休憩場所としてはならない。
【資料一 社員証貸与台帳抄録】
番号 A一七 所属 販売企画課 氏名 大庭理恵 貸与 昭和五十五年四月七日 返却 空欄 備考 九月三十日付退職。現品未回収。
番号 A一七(再製) 所属 販売企画課 氏名 水野冴子 貸与 昭和五十五年十月一日 返却 空欄 備考 昭和五十六年一月二十日より欠勤。二月末退職扱い。
番号 A一七(再製) 所属 販売企画課 氏名 高瀬文子 貸与 昭和五十六年三月二日 返却 空欄 備考 本人より紛失届。再製承認なし。
番号 A一七(再製) 所属 販売企画課 氏名 高瀬文子 貸与 昭和五十七年十一月八日 返却 空欄 備考 貸与の事実なし。筆跡照合のこと。
【資料二 庶務課連絡票】 昭和五十七年十一月九日
三階複写機脇の書類箱から、灰色枠の社員証が一枚発見された。番号A一七、氏名は高瀬文子。
同人には前年三月、同番号を交付しているが、七月の本採用時に紛失したとの届出を受け、正規社員証B四二を新規交付済みである。
本人はA一七について「非常階段で水野さんから拾ってもらった」と述べた。水野冴子は同人の入社前に退職しており、在職期間は重ならない。
なお、書類箱に社員証を入れた者は判明していない。
庶務課 中原
【資料三 高瀬文子提出書】 昭和五十七年十一月十日
一、十一月八日は、新メニュー表の校正で午後十一時過ぎまで残業していました。
二、当日は月曜日で、同じ課にいたのは戸田主任と私だけです。主任は十一時十分頃、駅前のタクシー乗場へ先に出ました。
三、私は弟に頼まれた深夜放送を録音するため、机のラジオカセットに六十分テープを入れていました。番組が始まる前に帰ることになり、停止ボタンを押さず、そのまま鞄に入れました。電池で録音は続いていました。
四、エレベーターは清掃札が出ていたので、東非常階段を使いました。三階と二階の間の踊り場に女性がいました。
水野さんだと思ったのは、あとで昔の社内報の写真を見たからです。その時は知らない人でした。紺色のスカートに、会社の薄いベージュ色の上着を着ていました。踊り場の蛍光灯は一本切れていましたが、胸の灰色の社員証は読めました。
水野冴子、とありました。
女性は床に落とした鉛筆を拾い、社員証の裏に挟んでから、「雨はまだですか」と聞きました。
私は「さっき、やんだみたいです」と答えました。三階の窓から、国道沿いのレストランの看板が乾いて見えたためです。
女性は、そうですか、と言って階段を下りました。
五、私は少し待ってから下りました。
二階と一階の間の踊り場に、同じ女性がいました。
床の同じ位置に鉛筆が落ちていました。女性はそれを拾い、社員証の裏に挟み、「雨はまだですか」と聞きました。
同じことをふざけていると思い、「やんだと言いましたよ」と答えました。
女性は初めて会ったような顔で、そうですか、と言って下りました。
六、一階へ着いた時、女性はいませんでした。守衛の石川さんには会いました。私は腹を立てていたので、水野という人を知っているか聞きました。
七、翌朝、机の上にA一七の社員証がありました。名前は私のものになっていました。写真はありませんでした。
私は前年に失くした証だと思い、複写機脇の書類箱へ入れました。
以上です。
【資料四 録音テープ聴取記録】
提出者 高瀬文子 品名 市販六十分カセットテープ 録音日時 昭和五十七年十一月八日午後十一時頃 聴取者 庶務課中原、施設課倉持
23:14頃 ラジオ番組開始。男性司会者の挨拶。遠くで椅子を引く音。
23:17頃 扉の閉まる音。足音。送風機の低音。
女声「雨はまだですか」 高瀬「さっき、やんだみたいです」 女声「そうですか」
足音。踊り場で鉛筆様のものが転がる音。
女声「雨はまだですか」 高瀬「やんだと言いましたよ」 女声「そうですか」
23:19頃 一階防火扉の開く音。高瀬と守衛の会話。
付記。二回目の会話の背後に、番組冒頭の男性司会者の挨拶が再度入っている。第一回と同文で、笑い声、咳払いも同じ。ただし音量は小さい。
放送局へ照会したところ、同日の番組冒頭挨拶は一回のみ。施設課倉持は、古い録音がテープに残っていた可能性を指摘。
【資料四 守衛日誌からの転記】
十一月八日 月曜 曇
二二〇〇 正面エレベーター清掃開始。 二三一二 戸田主任退出。 二三二〇 高瀬社員退出。階段に女がいたとの苦情。戸締り確認。 二三二七 三階販売企画課、ラジオ鳴動のため停止。
欄外記入――高瀬社員のカセットは鞄の中。三階で鳴っていたものは別のラジオと思われる。
【聞き取り 元守衛・石川】 昭和五十七年十一月十二日
中原 以前にも階段の苦情はありましたか。
石川 苦情というほどじゃない。前の人も同じことを言ったよ。
中原 前の人とは。
石川 水野さん。あの人は大庭さんを見たと言った。踊り場で雨のことを聞かれて、次の踊り場でも同じことを聞かれたって。
中原 記録にありません。
石川 会社の人が、疲れていたんだろうと言ったから。あの頃は店を増やしていて、企画の人はいつも遅かった。国道向かいのオレンジベルが午前一時まで開いていたから、みんな帰りにそこで食べてたね。
中原 大庭さんを見た日付は。
石川 水野さんが来なくなる前の日だよ。
中原 一月十九日ですか。
石川 雨だった。ラジオで雪になるかもしれないと言ってた。
中原 高瀬さんの時は雨は降っていません。
石川 そうかね。窓が濡れていた気がするけど。
【確認事項】
一、大庭、水野、高瀬の三名は、いずれも販売企画課の同じ机を使用していた。
二、三名とも試用期間中は社員証A一七を貸与された。
三、大庭の退職後、社員証は返却されていない。水野、高瀬の分は再製品である。
四、三名とも深夜放送を好んで聴いていた、という戸田主任の証言がある。ただし大庭については確認できない。
五、高瀬は十一月十一日から出社していない。母親から「しばらく親戚宅で休ませる」と連絡があった。
六、社員証A一七は十一月十二日現在、庶務課保管庫に封入保管した。
【追加】
十一月十五日、施設課倉持と東非常階段を確認。
三階から一階まで降りたが異常なし。踊り場の蛍光灯一本が切れていた。床に短い鉛筆が落ちていた。清掃員のものと思われる。
社員証A一七は保管庫内にある。
雨は降っていなかった。
十一月十八日
戸田主任より、前夜、高瀬社員を見たとの連絡。
場所は東非常階段、三階と二階の間。
戸田主任は残業後、階段を使用。高瀬社員が鉛筆を拾っており、「雨はまだですか」と聞いた。主任は返事をせず三階へ戻り、守衛を呼んだ。再確認時には誰もいなかった。
主任は酒を飲まない。高瀬の欠勤を知っていたため、見間違いとも考えにくいと主張。
この件はこれ以上広めないこと。
社員証A一七の廃棄を上申する。
廃棄前に、テープをもう一度聞いた。
二度目の「そうですか」の後にも足音が入っている。これまでは一階へ向かう高瀬の足音と思っていたが、聞き直すと上っているようにも聞こえる。
次に鉛筆が転がる。
そのあと、ごく小さく高瀬の声がする。
雨はまだですか。
十二月二日
昨夜、階段で高瀬さんを見た。
事情を知っていたので、声をかけずに戻ろうとした。防火扉を押したが開かなかった。高瀬さんは鉛筆を拾い、私の方を見ずに、雨はまだですか、と言った。
私は降っていないと答えた。
次の踊り場にも高瀬さんがいた。
今度は私の社員証を持っていた。
話は同じだった。
そうですか、と言って、何事もなかったように階段を下りた。
一階には誰もいなかった。
A一七は今も封筒に入っている。ただし表の氏名欄は、高瀬文子ではなく中原正一と読める。倉持には見せていない。
この綴りは焼却する。
【庶務課引継メモ】 昭和五十八年一月六日
中原係長は十二月六日以降出社せず。家族の申し出により休職処理。
机上にあった本綴りは、焼却指定につき内容を確認した。社員証入りの封筒は空であった。
本日午後九時四十分頃、東非常階段で中原係長を見た。紺の背広で、灰色枠の社員証を付けていた。床には鉛筆が落ちていた。
係長は私に、雨はまだですか、と聞いた。
窓の外は乾いていたので、降っていません、と答えた。
一階まで降りる途中、もう一度、同じ係長に会った。
同じ質問をされた。
庶務課 山根
番号 A一七(再製) 所属 庶務課 氏名 山根和夫 貸与 昭和五十八年一月六日 返却 空欄 備考 受領印なし。記入者 中原