深夜番組欄

夜行フェリーに乗る機会があっても、ロビーや通路の壁に貼ってある新聞のテレビ欄を、指先で上から順になぞるような読み方はしないほうがいい。
退屈なのはわかる。消灯時間を過ぎれば窓の外はただの暗闇だし、二等船室の薄い毛布にくるまっていても、エンジンの低い唸りと重油の匂いで簡単には眠れない。船内をあてもなく歩き回り、売店のシャッターの脇や給湯室の前に貼られた新聞に目を留めてしまう夜もあるだろう。それでも、深夜二時を回ったあたりの細い枠に爪を立ててはいけない。
私の祖父は、生前そのことを一度だけ話してくれた。
昭和四十八年の秋、祖父は四国から本州へ渡る連絡船に乗った。客室の柱に押しピンで留められていた夕刊のテレビ欄を見ていたとき、深夜の番組がどれも五分刻みで細かく割られていることに気づいたという。「案内」「点呼」「交代」「機関」といった短い単語が下へ向かって並び、その一番下の午前三時四十分の枠に、祖父が寝床にしていた区画の番号がそのまま印刷されていた。祖父は気味が悪くなって甲板へ出たが、ベンチの前に三人の男が黙って一列に並んでいるのを見て、なぜか吸い寄せられるようにその最後尾についてしまった。前の男の背中を見つめたまま、潮風の中で三十分近くも立ち尽くし、前の人がふらりと歩き去って自分の番が終わるまで、列から足を外すことができなかったと語っていた。
父もまた、昭和六十二年の春に同じような目に遭っている。
就職を控えた旅行の途中、太平洋を北上するフェリーの二等室で目を覚ました父は、喉の渇きを覚えて廊下へ出た。冷水機の前に四人ほど人が並んでいたので、何も考えずに後ろへついた。前の人の肩越しに見えた壁には、当日のテレビ欄の切れ端がテープで貼ってあったという。放送休止のあとの枠に、番組名ではなく「階段下」「電話横」「冷水機前」と場所の名前が縦に続いていた。父は列を抜けようとしたが、すでに自分の後ろに別の乗客がぴったりと立っており、どうしても体を横へ割り込ませることができなかった。前の男が一歩進むと、自分の足も引きずられるように半歩前へ出る。そうやって機械のように順番を消化させられたあと、冷水機の前に立った父は、水も飲まずに客室へ戻ったそうだ。
私はその話を、古い船旅特有の作り話だと思っていた。
平成五年の十月、祖父の法要のために一人で日本海を航行するフェリーに乗るまでは。
深夜二時を過ぎた頃、ロビーの自動販売機へ缶コーヒーを買いに行った。薄暗い通路には誰もおらず、船底から伝わる微細な振動だけが靴の裏を震わせていた。自販機の横には、四つ折りにされたその日の朝刊がバインダーに挟まれて下がっていた。
私は祖父と父の話を思い出しながら、そのテレビ欄を眺めた。
平成のテレビ欄は、昭和の頃よりもずっと賑やかだった。深夜映画や通販番組、音楽番組の題名がびっしりと活字で埋まっている。祖父の言っていたような番号も、父の言っていた場所の名前もない。私は安堵して、何気なく人差し指の腹で番組の並びを上から下へ滑らせた。バラエティ番組の終わる二時五十五分のあたりで、爪の先が紙の繊維を小さく擦った。
そのとき、自販機の前へ誰かが歩いてくる気配配がした。
見ると、紺色のジャージを着た男が自販機のボタンの前に立ち、小銭も入れずにじっと正面を見つめている。そのすぐ後ろに、白っぽいカーディガンを羽織った若い女が立った。二人とも微動だにしない。私は二人の後ろに立ち、手元の百円玉を指先で弄びながら待った。
どれだけ待っても、前の男は動かなかった。機械のコンプレッサーが低く唸りを上げているだけだった。女の肩も揺れない。二人の足元を見ると、爪先が驚くほど正確に同じ方向を向いていた。私は居心地の悪さを感じて列を外れようとした。
だが、背後に人の気配が落ちていた。
振り返ると、灰色の作業着を着た中年男性が、私のすぐ後ろに立っていた。胸が触れそうなほどの距離だった。男の目は焦点が合っておらず、私の頭のすぐ上、自販機の側面に貼られた掲示物を見つめていた。
そこには、案内所の窓口から剥がしてきたらしい、今日のテレビ欄の午前三時台の切り抜きが、セロハンテープで無造作に貼り付けられていた。
枠の幅が、下へ行くほど不自然に広がっていた。文字は番組名ではなかった。
「紺」 「白」 「緑」
短く、色だけが縦に並んでいた。私の着ていたトレーナーは深緑色だった。その下の枠には、さらに大きな活字で「灰」と印刷されていた。背後の男の作業着の色だった。
私たちは自販機に並んでいたのではなかった。テレビの放送時間が朝から夜へ、夜から朝へと淡々と送られていくように、誰かが決めた順序の隙間に、ただ順番に流し込まれていただけだった。前の人が時間を終えなければ、次の人はそこを動くことができない。
三時十八分、先頭の男がふっと息を吐き、何も買わずに通路の闇の中へ消えていった。女が一歩進み、私の足も、意志とは無関係に乾いた音を立てて半歩前へ滑り出た。
恐怖は不思議と湧いてこなかった。ただ、胸の奥がひどく冷たくなっていくのを感じていた。
祖父も、父も、この狭い国のどこかで、こうして意味のない列に並ばされてきたのだと思った。理由も告げられず、前の背中を見つめ、後ろの気配に押されながら、自分の割り振られた時間が過ぎるのをただ待つ。学校でも、駅の改札でも、役所の窓口でも、私たちはいつもそうして並んできた。この船の夜に起きていることは、怪異というより、私たちが普段から受け入れている世界の規則が、少しだけ剥き出しになっているだけなのかもしれない。
三時三十五分、私の番が来た。自販機の前に立ち、ただ目の前の青く光る押しボタンを見つめた。喉の渇きなど、とっくに忘れていた。横の窓から見える海は、空との境目もわからないほど黒く、どこまでも平らだった。
やがて背中の男が一歩進み、私は押されるようにして横の空間へ弾き出された。
振り返ると、灰色の作業着の男が自販機の前に立ち、そのすぐ後ろには、いつの間にか寝間着姿の老人が並んでいた。列は途切れることなく、朝へ向かって静かに伸びていた。
私は自販機を離れ、薄暗い二等船室へ戻った。大部屋の中では、何十人もの見知らぬ乗客たちが、それぞれの毛布の中で息を潜めていた。誰の足も、誰の頭も、もう一列には並んでいなかった。ただ、全員が同じ速度で、同じ暗闇の上を運ばれていた。