ホラムゲン

朝凪団地一〇四号

煤けた古書店二階に領収書とテレビが残る

昭和四十六年五月二日 叔父の古書店で店番。二階は六畳二間。先月テレビを入れたが、夜は砂嵐ばかり映るという。窓枠に工場の煤がたまる。

五月三日 店の決まりを教わる。値引きは鉛筆、買い取りは現金、閉店後に西窓を閉める。もう一つ、月末最後の領収書は金額を空け、宛名を「二階世帯主」とする。理由を尋ねたが、叔父は聞こえないふりをした。

五月三十一日 言われた通り一枚切る。控えの下に古い控えが十二枚あった。裏面にそれぞれ人名。初めは一名、翌月は三名、今月分には七名。筆跡は皆違う。

六月六日 川向こうの長屋が取り壊された。住民は朝凪団地へ移る。売りに来た本は油煙の匂いがした。二階からテレビの拍手が聞こえたが、上がると電源は抜けていた。

六月八日 市の移転係が来る。旧町内に、住民票にも買収台帳にもない一世帯が残っているという。叔父は領収書の綴りを渡した。係員は七名の名を読み、「継続居住の証しになります」と言った。

六月十五日 朝凪団地一〇四号への入居通知が届く。宛名は二階世帯主殿。叔父が二階の茶箪笥へ置いた。

六月十六日 砂嵐は消え、テレビに新しい団地の台所が映った。画面の端から七膳の箸が順に置かれた。放送終了まで動かなかった。

六月三十日 叔父は領収書を普通に切った。二階分はもう要らないそうだ。古い控えの裏はすべて白紙になっていた。

七月一日 一〇四号室へ古本を届ける。表札はない。中から、領収書だけ戸口へ差し入れてください、と七人分の声が重なった。

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