ホラムゲン

こちら側

濡れた高架下で擁壁を指す駐輪場案内

明日の担当の方へ。

夜勤日誌では長くなるので、別紙にします。管理室の机、鍵箱の下に置いておきます。朝になったら、まず七番柱の案内表示を確認してください。できれば一人で、壁の近くまで行かずに。

今夜、私が入ったのは二十二時ちょうどです。西口のシャッターを半分上げ、照明を点けました。高架の継ぎ目から落ちた水で、中央通路だけが黒く濡れていました。ラックには六台。三十一番から三十六番まで、壁際に並んでいました。

この駐輪場は東西に細長く、ラックは六十八台分です。北側は高架を支える擁壁で、南側は金網。出入口は西と東に一つずつあります。私はここで一年半働いていますから、柱の間隔も、管理室から東口まで何歩かもだいたい分かります。

七番柱の表示に気づいたのは、二十二時十二分でした。

青地に白い自転車の絵、その下に「駐輪場」とあり、右向きの矢印が付いていました。うちで使っている表示は緑色です。それに、その場所で右を向くと北です。矢印の先には、九十センチほど先に擁壁があるだけです。

剥がれた古い表示かと思いましたが、金具は新しく、柱にきちんと二本のボルトで留められていました。脚立と工具がなければ外せません。表示はすでに駐輪場の中にありながら、壁の向こうを駐輪場だと案内していました。

念のため壁まで行きました。両手は空け、懐中電灯だけを右手に持ちました。壁と床の境目を照らしましたが、扉も継ぎ目もありません。コンクリートには古い水染みがあり、床には細い排水溝が東西に通っています。人や自転車が抜けられる場所ではありません。

管理室へ戻り、設備図面の綴じ込みを調べました。案内表示の追加工事は記録されていません。その代わり、いちばん後ろの透明ポケットに、四つ折りの便箋が入っていました。紙は湿気で波打ち、日付の年だけが滲んでいます。

関係があると思うので、そのまま写します。

「十一月六日 遅番の方へ

七番柱に『駐輪場→』の表示があります。矢印は擁壁向きです。昼にはなかったと早番は言っています。

壁の先は道路の盛土です。施設図にも空間はありません。管理会社へ電話しましたが、表示の型が違うため、こちらの備品ではないとの返答でした。

二十一時半ごろ、回数券の利用者から、駐輪場はどこかと聞かれました。ここがそうですと答えると、利用者はラックを見回し、表示を指して、でもあちらですよね、と言いました。

壁だと説明しました。利用者はしばらく黙り、自転車を三十二番へ入れました。西口から帰るよう案内し、出るところまで確認しました。

閉場時、三十二番の自転車は残っていました。利用者が歩いて帰ったのかもしれません。

図面では、七番柱の北側に六十八台分のラックが描かれています。南側は『橋脚管理帯・立入不可』となっています。ところが実際のラックも六十八台で、柱と管理室の位置まで図面と同じです。

図面どおりなら、今いる場所は駐輪場ではありません。

表示を外す前に、朝の光で壁を確認してください。私は西口から出ます。この紙は捨てずに、図面の後ろへ戻してください」

引用は以上です。署名はありません。日誌も調べましたが、その日付のページだけ、遅番欄が空白でした。

私は便箋を読んだあと、改めて図面を広げました。確かに駐輪場は擁壁の北側に描かれています。壁の向こうは地上へ上がる道路の斜面です。今いる南側は、細い余白にしかなっていません。

ただし図面の中の六十八台分のラックは、現物と配置が同じでした。三十四番と三十五番の間に七番柱があり、その西に管理室があります。紙を裏返して窓に当てると、今いる側の並びに重なりました。

そのころから、電車が高架を通る音の返り方が気になりました。頭上を西へ走った音が、擁壁の向こうでもう一度、少し遅れて西へ走ります。空洞の反響なら戻ってくるはずですが、同じ向きに遠ざかります。

二十三時まで待ちました。六台の持ち主は一人も来ませんでした。この時間帯なら、いつも二、三人は鍵を鳴らしながら入ってきます。電車は何本も止まりましたが、階段から下りてくる足音はありませんでした。

六台のうち、三十二番だけは後輪に古い回数券の帯が巻かれています。印字された日付は、便箋の十一月六日と同じです。年の部分は擦れて読めません。ほかの五台にも埃はなく、サドルには今夜の湿気が薄く付いています。

私は表示にも自転車にも触れていません。西口のシャッターは開けたままです。この手紙を書き終えたら、鍵を机に置いて帰ります。

朝、外から見て普通の駐輪場に見えるなら、それで構いません。ただ、管理室へ入る前に、七番柱を見てください。

表示の矢印が擁壁を指していたら、こちら側から読まないでください。西口の外へ回り、金網越しに確認してください。

先ほど、窓越しに裏面を見ました。裏には何も書かれていませんでした。

つまりあの表示は、外から来る人のためではありません。六十八台のラックがあるこの場所に立つ人だけへ、駐輪場は壁の先だと教えています。

古い便箋は図面の後ろへ戻します。この手紙も、その後ろへ重ねてください。そこなら施設の記録上、どちらも同じ余白に収まります。

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