北棟第三談話室

青嶺工業高等専門学校 寄宿舎北棟における夜間迷入事案 聞き取り会議事録
日時 平成三年十一月十八日(月)午後四時十分から午後六時二十五分 場所 本館一階小会議室 出席 学生課長、寮務主事、舎監岡崎、施設係中田、電子計算機室技官浜口 北棟三一七号室 藤野直子、瀬尾まり 北棟三一九号室 木内佐和 記録 学生課庶務係 吉沢
備考 本記録は卓上カセットレコーダーで録音し、十一月二十一日に日本語ワードプロセッサーで清書した。録音の不明瞭な箇所は出席者に確認した。藤野、瀬尾両名の時刻に関する証言には食い違いがあるため、訂正せず併記する。
議題 十一月十二日深夜から翌十三日未明にかけ、藤野、瀬尾両名が北棟内で現在位置を失い、舎監の呼び出しを受けるまで約四十分間所在不明となった件について。
提出資料 一、パソコン通信「青嶺ネット」接続記録の印字 二枚 二、寄宿舎北棟現況平面図 昭和六十三年修正版 三、レンタルビデオ店貸出票 一枚 四、舎監用ポケットベル受信記録
学生課長 最初に確認するが、処分を目的とした聞き取りではない。消灯後の移動、外線端末の使用については別途注意する。今日は、二人がどこを歩いたのかを確定したい。
藤野 十一月十二日の午後十時四十分ごろ、瀬尾さんとビデオを見終わりました。題は『海辺の食卓』です。翌日が返却日でした。瀬尾さんは巻き戻してから返すと言い、私は北棟二階の端末室へ行きました。
学生課長 何のために。
藤野 青嶺ネットを見るためです。実家から電話があったかもしれないので。母は寮に直接かけると迷惑になると言って、電子掲示板の伝言箱を使うことがありました。
浜口技官 青嶺ネットは学校の小型計算機をホストとする校内向けの通信サービスである。寄宿舎端末からは二千四百ビット毎秒のモデムで接続する。個人用の正式な連絡手段ではない。
藤野 端末室の机に、連続用紙が畳まれたまま置いてありました。プリンターの紙です。一番上に私の利用者名があったので読みました。利用者名はFJNAOです。
学生課長 自分で印字したものではないのか。
藤野 違います。端末の電源も入っていませんでした。
浜口技官 プリンターは端末とは別電源であり、未出力の内容が残る場合がある。
藤野 時刻は十一月十三日の午前零時六分になっていました。そのときは、まだ十二日の午後十一時を少し過ぎたところでした。
瀬尾 そこは違います。私たちが部屋を出た時点で零時近かったと思います。ビデオが終わったのが十一時二十分です。
藤野 十一時前に終わっています。
瀬尾 テープが百十分だったから、九時半から見て十一時二十分です。
藤野 途中を飛ばしました。
瀬尾 飛ばしていません。
学生課長 続けてください。
藤野 印字には、私の名前で三つ書き込みがありました。
00:06 FJNAO> 北階段は三階までが長い。踊り場を一つ余分に通る。 00:11 FJNAO> 青いケースは机の下。巻き戻しは済んでいる。 00:19 FJNAO> 岡崎さんのベルは417。ここでは鳴らない。
藤野 私はこんなことを書いていません。岡崎さんのポケットベルの番号は、舎監室の電話の横に貼ってあるので知っていました。ただ、その夜はまだ呼び出していませんでした。
岡崎舎監 四一七は呼び出し番号ではなく、表示させる数字である。舎監用ベルは音を切って振動だけにしていた。生徒が知っていても不思議ではない。
藤野 「青いケース」というのが、瀬尾さんの借りたビデオだと思いました。印字を二つ折りにしてカーディガンの右ポケットに入れ、端末の電源を入れました。でも回線が塞がっていました。部屋へ戻る途中、北階段の方から瀬尾さんが来ました。
瀬尾 私は端末室まで迎えに行きました。藤野さんが遅いので。ビデオは手提げ袋に入れていました。
学生課長 その時点で印字を見せられたか。
瀬尾 いいえ。紙を持っていたのは見ましたが、読んだのは後です。
藤野 見せました。「これ、私が書いたことになってる」と言いました。
瀬尾 階段では聞いていません。
藤野 では、第三談話室の前です。
瀬尾 第三談話室という部屋は、そのとき初めて見ました。
寮務主事 北棟に第三談話室はない。第一が一階、第二が四階にある。
藤野 扉に札が掛かっていました。木の札で、「第三談話室」と黒く書いてありました。
瀬尾 私は「第三」ではなく「談話室」だけ見ました。札の端が壁に隠れていました。
藤野 隠れていません。扉の真ん中でした。
瀬尾 壁に立てかけてあったと思います。
施設係中田 当時、北棟二階と三階の床清掃を行っていた。室名札を外して廊下の端にまとめていた可能性がある。ただし、第三談話室という札は備品台帳にない。
藤野 北階段を上ったのに、三階の廊下がいつもより暗かったんです。非常口の緑の灯りはありました。窓が全部曇りガラスで、外の明かりが見えませんでした。三一七号室へ戻るには左へ曲がるはずなのに、廊下がまっすぐ続いていました。
瀬尾 階段を上った覚えはありません。端末室を出て右へ行き、防火扉を抜けました。藤野さんが先でした。
藤野 瀬尾さんが先です。青い袋を持っていました。
瀬尾 途中から藤野さんに渡しました。
藤野 受け取っていません。
学生課長 青い袋とはビデオ店の袋か。
瀬尾 はい。ただ、ケースも青です。
藤野 廊下には扉が八つくらいありました。番号は付いていませんでした。三つ目か四つ目の扉が開いていて、そこに第三談話室の札がありました。中は、私たちの三一七号室とよく似ていました。
寮務主事 談話室ではなく居室だったということか。
藤野 机が二つ、二段ベッド、灰色のカーテン。ベッドに敷物はありませんでした。部屋の匂いも違いました。しばらく閉めていた部屋の、畳ではない匂いです。
瀬尾 ベッドは一つだったと思います。二段だったかもしれません。カーテンは見ていません。
藤野 机の下に青いビデオケースがありました。『海辺の食卓』でした。
瀬尾 私が机に置いたんです。
藤野 机には置いていません。ケースだけが先にあって、手提げ袋は瀬尾さんが持っていました。
瀬尾 袋から出した記憶があります。巻き戻せているか確かめるためです。
藤野 ケースの上に印字が置いてありました。私が端末室から持ってきたものと同じで、一行目の「三階までが長い」に鉛筆で丸が付いていました。私の丸の付け方でした。右側を二重になぞる癖があります。
学生課長 持っていた印字はどうした。
藤野 ポケットに入っていると思って触ったら、ありませんでした。
瀬尾 藤野さんは紙を右手に持って部屋へ入り、机に置きました。そのあと「同じのがあった」と言いました。私は二枚あるのだと思いました。
藤野 机に置いた覚えはありません。鉛筆も持っていませんでした。
瀬尾 机の引き出しに短い鉛筆がありました。
藤野 それを使ってはいません。
学生課長 提出された二枚の印字のうち、鉛筆の丸があるのは一枚のみである。どちらが端末室にあったものか判別できるか。
藤野 できません。紙の切り口も同じです。
瀬尾 プリンターの紙だから、全部同じです。
藤野 それから廊下を戻りました。戻ったはずなのに、階段がありませんでした。蛍光灯が一本おきに消えていて、歩くと、スリッパの音が少し遅れて返ってきました。瀬尾さんが何度も「三一七はこっち」と言いました。
瀬尾 藤野さんが言っていました。
藤野 私は言っていません。
瀬尾 言いました。同じ角を二度曲がったとも言いました。
藤野 角は一度しかありませんでした。
瀬尾 私は二度あったと思います。二度目の角に消火器がありました。
藤野 消火器は最初から見えていました。
施設係中田 現況図では、北棟の旧館側から増築側へ抜ける管理廊下に直角の曲がりが二箇所ある。消火器は一箇所。居室の扉は三枚である。
学生課長 八枚ではないのか。
施設係中田 三枚である。ほかにリネン庫、配管点検口、防火扉があるが、居室扉と同じ大きさではない。
藤野 同じ扉が並んでいました。
瀬尾 数えてはいません。
藤野 白い線の入ったスリッパが廊下に揃えてありました。私のものと同じでした。自分の足を見たら、ちゃんと履いていました。
瀬尾 寮のスリッパは全部同じです。
藤野 私のは右だけ踵が潌れているんです。置いてあったものもそうでした。
瀬尾 暗くて踵までは見えません。
藤野 手に取って見ました。
瀬尾 触っていません。
木内 私は午前零時十五分ごろ、三一七号室を見に行きました。二人ともいませんでした。テレビは砂嵐で、ビデオデッキの表示が「REW」のまま点滅していました。
瀬尾 巻き戻しは終わっていました。
木内 テープが入っていたかは見ていません。うるさいのでテレビだけ消しました。机に藤野さんの白いスリッパが片方ありました。
藤野 私は両方履いていました。
木内 似たものだったかもしれません。名前は確認していません。
学生課長 その後は。
木内 廊下を探しました。北階段で名前を呼びましたが、返事はありませんでした。学校の怪談の本が流行っていたので、誰かが二人を驚かせているのかと思いました。舎監室へ行き、岡崎さんのポケットベルを鳴らしました。表示は四一七にしました。
岡崎舎監 受信は午前零時二十八分。公衆電話から舎監宅へ折り返したのが零時三十三分。寮に到着したのは零時四十一分である。北棟の二階、旧リネン庫脇の防火扉から二人が出てきた。
藤野 三階です。
岡崎舎監 二階である。私の目の前に「二階」と書いた黄色い表示板があった。
瀬尾 表示板は床に置いてありました。だから、その場所が二階とは限りません。
施設係中田 表示板は清掃のため外していた。なお、北棟は敷地の傾斜に沿って増築されており、旧館三階と増築館二階の床面差は一メートル十四センチである。管理廊下内の七段の階段で接続している。廊下からは階段に見えにくい。蛍光灯が切れていたなら、同じ階を歩いていると思った可能性がある。
藤野 七段なら覚えています。そこではなく、もっと長い階段を上りました。
瀬尾 七段も上っていません。少し下りた気はします。
施設係中田 旧リネン庫には三一七号室から撤去した机と二段ベッドを一時保管していた。灰色のカーテンもある。改修工事で余った居室扉三枚を壁際に立てていたため、扉が多数並んでいるように見えた可能性もある。
学生課長 ビデオケースについては。
瀬尾 翌日の午後六時二十分に返却しました。延滞は付いていません。
学生課長 では、ケースは旧リネン庫から持ち帰ったことになる。
瀬尾 そうだと思います。
藤野 私は持ち帰った記憶がありません。気がついたら袋に入っていました。
浜口技官 通信記録について説明する。十一月十一日の停電後、寄宿舎端末の時計は五十三分進んでいた。また日付の繰り上がり設定に誤りがあり、午後十一時七分を過ぎると翌日の日付を表示していた。未来の書き込みに見えたのはこのためである。
藤野 時刻のことは分かります。でも、内容はまだ起きていなかったことです。
浜口技官 ホスト側の原記録では、三件の文章が送信されたのは十三日午前零時三十八分から四十二分である。岡崎舎監への呼び出し後である。端末室の通信ソフトには、接続できない間に文章を作り、回線が空いた際にまとめて送る機能がある。
学生課長 誰が作ったのか。
浜口技官 利用者名FJNAOの暗証は端末机の裏に鉛筆で書かれていた。特定できない。印字された時刻は文章を作った時刻で、送信時刻ではない。
瀬尾 私は一行目なら書きました。
藤野 聞いていません。
瀬尾 学校祭の寮内新聞に載せる話を考えていて、「北階段は三階までが長い」と端末で打ったことがあります。十二日の夕方だったと思います。でも、青いケースとポケットベルは書いていません。
浜口技官 端末には前回の文章が残る。誰かが追記した可能性が高い。連続用紙が二枚あるのは、紙詰まりの際に同じ画面を再印字したためと考えられる。
学生課長 鉛筆の丸については。
浜口技官 通信機器とは関係がない。
施設係中田 十一月十四日に管理廊下を確認した。切れた蛍光管二本を交換し、立てかけてあった扉を撤去した。第三談話室の札は発見できなかった。ただし、旧リネン庫の扉には、過去に別の室名札を付けた釘穴がある。
寮務主事 旧図面では何の部屋か。
施設係中田 昭和五十二年の増築時は「第三自習室」。昭和六十一年にリネン庫へ変更されている。談話室ではない。
藤野 札には第三談話室とありました。
瀬尾 私は、そこまで読んでいません。
学生課長 ほかに確認すべきことはあるか。
藤野 廊下の長さです。図面では短すぎます。私たちは五分や十分ではなく、ずっと歩いていました。
瀬尾 長く感じただけだと思います。藤野さんは何度も同じ扉を開けようとしていました。
藤野 同じ扉ではありません。どの扉にも、下の方に私が三一七号室で付けたのと同じ靴跡がありました。
施設係中田 寮内の扉は同じ灰色の塗装で、清掃用ワックスも共通である。靴跡が似ることはある。
藤野 そうかもしれません。
――午後六時十四分、藤野が提出資料一の印字二枚を見比べ、鉛筆の丸が付いた一枚について「これは私が最初に見た紙ではない」と発言した。
学生課長 先ほどは判別できないと言ったが。
藤野 紙の端に穴が一つ欠けています。最初に見た紙にも欠けていました。でも、欠けていた場所が反対側だった気がします。
瀬尾 紙を裏返せば反対になります。
藤野 はい。そうですね。
結論 一、両名は清掃中に室名表示が外された管理廊下へ入り、旧館三階と増築館二階の高低差を認識しないまま移動した可能性が高い。 二、旧リネン庫に三一七号室の撤去家具が保管されていたため、自室に似た部屋と誤認したものと考えられる。 三、通信記録の日時は端末時計の設定不良による。文章の作成者は特定できないが、複数人による入力および送信待ち文書の混在が考えられる。 四、管理廊下を施錠し、室名札の保管方法を改める。寄宿舎端末の暗証を変更する。
以上をもって午後六時二十五分、聞き取りを終了した。
追記 十一月二十二日、藤野より議事録の確認済み原稿が返却された。「スリッパを手に取った」という箇所は事実と異なり、「先に揃えてあった方を、自分の物だと思った」に直してほしいとの申し出があった。
録音を再確認したところ、藤野は会議中、そのいずれの表現も用いていなかった。瀬尾の声で「直子、そっちが先に置いた方でしょう」と聞こえる箇所があるが、当該発言について瀬尾は記憶がないと回答した。
なお、清書に用いたワープロ文書には、会議開催前の十一月十三日を作成日とする表示が残っていた。庶務係の操作記録では、同機の内蔵時計は以前から日付が遅れており、修理予定であった。