空籠扱い

東亜昇降機工業株式会社 霞橋地下街出張修理 業務日報 昭和十九年十一月二十八日より十二月九日まで 主任技手 千田正一 助手 工藤茂
十一月二十八日 晴
霞橋地下街西口貨物昇降機、地下二階にて停止するとの申告につき入場。
同地下街は商店営業を休止し、現在は光洋精機第二作業場として使用中。旧飲食店区画を旋盤室、衣料店区画を女子工員宿所とする。地上出入口は灯火管制幕二重。湿気強く、廊下の電球は十間おきに外してある。
案内は地下街管理人五十嵐。入場票には当方二名と記載あり。五十嵐は地下で待っていた由。
籠は無積載のまま地下二階。主電動機に異常なし。床下の安全装置に紙片が挟まり、作動を妨げていた。紙片は昭和十六年三月分点検票の末尾と思われる。
記載「下リ、空籠一名」。意味不明につき保管。
十一月二十九日 曇
古い点検簿を管理室にて調査。昭和十五年九月以降、毎月末日の欄に同じ記載あり。
通常、空の籠は「無荷」と記す。「一名」は人員に用いる。誤記ならば訂正印を要するが、各欄には管理人、町内会班長、工場警備主任、点検員の四印がある。
昭和十七年六月分のみ当該一行なし。同月の次頁に「員数合致、操業三日停止」と朱書。停止理由は軍機に関するものとして墨で塗られている。
午後、荷重試験。定格十五人に対し十二人で床がわずかに沈む。工員を降ろして再試験したところ、無積載で指針が一人分を示した。
工藤が床板を外したが異物なし。
十一月三十日 雨
地下居住者の員数を確認。町内会地下部名簿三百十二名。米穀配給受領簿も三百十二名。光洋精機の出勤簿は三百十三名。
工場側は、軍需動員者の異動は通知が遅れることがあるとの回答。ただし出勤者を食堂前で三度数え、いずれも三百十三名であった。
氏名を読み上げ、各人に返事をさせると三百十二名。全員の顔を見ながら数えると三百十三名。列を崩さず再び氏名を取ると三百十二名となる。
見落としと思われる。修理とは関係なし。
十二月一日 曇
五十嵐より、月末点検を今夜行いたい旨の申出あり。電力節約中のため、不要な運転は認められないと回答。
同人は「放送のあとでなければ人数が締まらない」と述べた。町内会の防空訓練を指すものと判断。
夕刻、共同聴取所に住民集合。ラジオの報道終了後も誰も動かず、雑音だけとなってから班長が名簿を読み始めた。返事のたび、配給切符に用いる穿孔器で点検票の端へ穴を一つあけた。
最後まで三百十二の返事あり。廊下には、当方二名、五十嵐、班長を加えて三百十六名いるはずだが、目視では三百十七名。
班長は数え直さず、白紙の一枚を籠の中央に置いた。
十二月二日 晴
昨夜の件につき報告。
籠を地階より地下二階へ無人で降下させ、各階の鉄扉を閉じたまま班長らが順に押印。降下中、共同聴取所では名簿を末尾から読み戻した。返事は禁止されていた。
籠が地下二階へ着くと荷重指針は零となった。白紙には四印のほか、「下リ、空籠一名」と記入されていた。筆跡は判別できず。鉛筆は管理台に置かれたままであった。
当該手続は昇降機保守上の根拠なし。以後禁止を指示し、主開閉器を封印した。
十二月三日 雨
朝の出勤簿、三百十三名全員に押印あり。食堂では三百十一食を支給し、余りなし。地下区画を巡回したところ、二か所の旋盤が運転中のまま無人。工場側は担当者の名を答えたが、その後、名簿に当該氏名を見つけられず。
町内会名簿は三百十二名のまま。用紙を一行ずつ数えると三百十四行ある。重複名なし。
五十嵐は封印を解くよう繰り返し求めた。「紙のほうが多くなる」と言うが、説明は得られなかった。
十二月四日 雨
地下街西半分、操業せず。工場主任によれば動員工百四名が地上工場へ移ったとのこと。しかし移動許可証、通行票、受入先への電話記録なし。靴箱と寝台は初めから使用されていない状態。
出勤簿には百四名の押印あり。印肉は乾いていない。
昼の実員二百九名。名簿三百十二名。五十嵐不在。管理室には同人の日誌のみあり、本日欄まで記入済み。
記載「今夜も下りない」。
十二月五日 曇
地下一階東側も無人。昨日までの機械、寝具、配給米を認めず。撤去の形跡なし。工場書類および町内会書類のみ棚に残存。
実員七十八名。当方二名を含む。
旧点検簿を再確認。昭和十五年九月、最初の「空籠一名」の直前頁に、地下街人口三百十二、実員三百十三とある。検閲印の下に薄く「差を人に置く」と読める。
工藤は主開閉器の封印を解くべきと主張。安全装置未復旧のため許可せず。
十二月六日 晴
実員二名。当方のみ。
地下街全区画を確認したが、工員、警備員、町内会役員を認めず。私物、食料、作業製品もなし。昨夜の出勤簿には三百十三名分の押印。五十嵐の日誌にも巡回済みとある。
西口階段より地上へ連絡に向かった工藤、戻らず。階段は上まで続き、鉄扉も開いている。呼びかけの反響が、途中から一人分多い。
本報告書は定時連絡便の箱へ入れる。
十二月九日 回収作業日報 担当 庶務係 真鍋
三日間報告途絶のため霞橋地下街へ入場。地下全域に人員なし。光洋精機第二作業場、町内会地下部、当社出張員の器具および私物なし。
西口昇降機は地下二階。主開閉器の封印に破損なし。籠内から点検簿、出勤簿、配給受領簿、町内会名簿、千田主任の日報を回収した。
昭和十五年以降の点検票はすべて残存。各月の末尾に「下リ、空籠一名」とある。
ただし昭和十九年十一月分のみ、その下に千田、工藤、五十嵐の三名が点検員として押印している。十一月分は、当社が二十八日に持ち込んだ新用紙である。