ホラムゲン

潮境ゆき

濡れた夜の埠頭に置かれた定期券とカセット

東浜埠頭夜間巡回点検記録 第四十七号 昭和五十八年十月十七日 録音カセット反訳。処分指定。 質問者・大庭班長、回答者・関巡回員。

問 午前零時五十分。第一通用門は。 答 施錠よし。詰所の窓、異常なし。

問 停車車両は。 答 二台。冷凍車と、港南運輸の四トン車。冷凍車の運転席でラジオが鳴っています。

問 何の番組だ。 答 深夜放送です。女の人が葉書を読んでいます。潮境団地の学生から。団地のファミリーレストランで受験勉強をしている、と。

問 点検に関係あるか。 答 ありません。ただ、同じ葉書をさっきも読んでいた気がしました。

問 午前一時二分。第一倉庫東側は。 答 窓、扉とも異常なし。岸壁側の照明、一基切れ。

問 番号は。 答 八号灯です。次の九号灯も四分後に消えます。

問 予想は記録しなくていい。 答 はい。

問 第二倉庫へ移動。路面は。 答 湿っています。雨ではなく、海から上がった水です。

問 ここまで上がるか。 答 昔はここが潮境でしたから。

問 そんな話は聞いていない。 答 では削ってください。

問 午前一時十分。九号灯は。 答 消灯。

問 今消えたのか。 答 角を曲がる前には消えていました。

問 おまえは四分前に消えると言った。 答 言いましたか。

問 録音している。第二倉庫南端、異常は。 答 係船鎖が一本、受けから外れています。

問 どこだ。 答 もう少し先です。黄色い線の切れたところ。

問 見えないだろう。 答 見えません。

問 午前一時十四分。係船鎖、脱落を確認。なぜ分かった。 答 先週も外れていました。

問 報告にはない。 答 書かなかったのかもしれません。

問 足元の落とし物は何だ。 答 定期券です。透明のビニール入れ。濡れていません。

問 拾得場所。 答 第二倉庫南端、旧護岸標の脇。

問 記載を読め。 答 白浜駅から潮境団地前。東浜埠頭経由。昭和五十八年十月一日から三か月。高瀬敬一、二十八歳。

問 港へ来る定期ではないのか。 答 経由になっているだけです。最終バスは十一時四十一分に出ています。

問 なぜ時刻を知っている。 答 毎晩見ますから。

問 誰を。 答 バスを。

問 午前一時十八分。以後、関が質問、大庭が回答。班長、その定期をどうします。 答 詰所へ持ち帰る。

問 今、何時です。 答 一時二十三分。

問 腕時計は一時十八分です。 答 詰所の電話が鳴る時刻を言った。

問 誰からです。 答 潮境団地前のレストラン。高瀬さんが定期を落としたので、港を見てほしいと言う。

問 まだ電話は鳴っていません。 答 そうだな。

問 なぜ高瀬さんがレストランにいると。 答 定期入れが油臭い。あそこの厨房は揚げ油を替えるのが月曜だ。

問 今日は月曜です。 答 窓際では深夜放送を流している。学生が長居する店だ。

問 葉書の内容と同じですね。 答 そうだったか。

問 九号灯が消えることも、鎖のことも、先に答えました。 答 港ではよくある。

問 この先は。 答 詰所へ戻る。電話が鳴る。高瀬さんは歩いて港へ来る。東門に一時三十一分。青い作業上着。片方の靴だけ白い。

問 どこで会います。 答 会わない。定期はここに置く。

問 拾った場所へですか。 答 昔のバス停へ。

問 ここにバス停があったのですか。 答 土地になる前から、降りる人はいた。

問 班長、その言い方はおかしい。 答 午前一時二十三分。電話が鳴っている。

問 ここは第二倉庫です。詰所の電話は聞こえません。 答 聞こえなくても鳴る。

問 戻りますか。 答 もう切れた。

問 定期券を渡してください。 答 持っていない。

問 今まで右手に持っていたでしょう。 答 旧護岸標の下を見ろ。

問 ありません。 答 なら、取りに来た。

――以下、三分間は風音および遠方のラジオ音声のみ。午前一時二十七分、両名が詰所へ戻ったところ、電話が鳴った。潮境団地前のレストラン従業員から、定期券の照会だった。

午前一時三十四分、高瀬敬一が東門に到着。青い作業上着を着用。右靴には厨房用の白い覆いが残っていた。本人は前日、定期券を紛失して再発行を受けたと説明した。拾得された券は旧券と思われるが、現物は確認できず。

大庭班長は、九号灯と係船鎖について以前から知っていたと述べた。時計は二人で五分ずれていた。電話の件は勤務交代時に聞いた可能性がある。カセットは深夜放送の録音に重ねて使用されており、一部に前後の音が移ったものと処理された。

旧護岸標付近にバス停が存在した記録はない。

平成五年十月十七日 追記

埠頭は沖へ六百メートル延長され、第二倉庫は解体された。関元巡回員が新東門で定期券を拾得。白浜駅から潮境団地前、東浜埠頭経由。名義は高瀬敬一、三十八歳。

拾得は午前一時十九分。本人から紛失の電話が入ったのは、一時二十三分だった。

関元巡回員は、定期券を詰所へ持ち帰らず、その夜のうちに新しい護岸標の下へ戻している。

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