例年ニ依ル

(聞き書き 登川郵便局 元局員 談)
—— 身体検査のことから伺います。
年に一度、逓信局から医者が来ました。秋です。稲刈りの済んだころ。二階の会議室に机を並べて、上半身を脱いで順に並ぶ。背丈をはかって、胸まわりをはかって、体重は台秤。十六貫だの十四貫五百だのと、書生みたいな声で読み上げるので、みんな笑いました。隣が電話の交換室で、娘たちが襖越しに聞いていて、あとで真似をするんです。
山の上に療養所がありましてね。町の者はあまり近づかない。うちの局はあすこへ小包をよく運びました。卵と、白砂糖と、活動写真の絵はがき。だから検査はよそより厳しいと言われて、痰も取られました。
—— 成績票はどなたが保管していたのですか。
局長です。書くのは私でした。字が読めるというだけで、なんでも私に回ってくる。医者が口で言うのを私が票に落として、一枚ずつ綴じて、写しを逓信局へ出す。
残るんですよ、一枚。
—— 一枚。
毎年です。人数どおり綴じたはずなのに、必ず一枚あまる。氏名の欄だけが空いていて、あとは埋まっている。背丈と、胸まわりと、体重。
局長は書き損じだろうと言いました。私は書き損じません。面倒なので自分の抽斗にしまっておいたんです。次の年もあまるでしょう。並べてみると、背が伸びている。体重も増えている。十一貫、十二貫、十三貫と。
—— 同じ人のもの、ということですか。
わかりません。医者は一人ずつ声に出して読みますから、数が合わないとすれば、私が聞き違えたことになる。私は聞き違えた気がしませんし、医者も看護婦も、並んでいた者も、誰も多いとは言わない。人数は合っていたんだと思います。合っていて、票が一枚多い。
そういうことは、あるんです。
—— ほかに、あまるものは。
事故の報告です。
午後四時十二分、第二区分室において区分棚転倒、係員一名下敷トナル、氏名不詳。
これが毎年、綴じてある。字は年ごとに違います。先々代の局長の字もあるし、私の前にいた者の字もある。文句は一字も違わない。
—— 実際にその事故は。
ありません。棚は倒れたことがない。私は十九年おりましたが、一度も。四時十二分といえば集配が戻ってきて、いちばん人の多い時刻です。倒れれば、誰か下になるでしょうね。
はじめは古い写しを写し間違えたのだと思っておりました。けれど、元がないんです。どの年の分も、それが元なんです。
出さずにおいた年があります。大正の十年でしたか。逓信局から催促が来ました。第何号事故報告未着と。
—— 催促が。
来ました。ですから書いて出しました。文句は、前の年のを見て、そのまま。
—— それは、どういうことだとお考えですか。
(沈黙)
下になっている者が、年に一度はかられているのだと思っています。あの、空いた票の。
—— なぜ。
背が伸びるからです。
(ここで中断。以下、翌日)
—— 昨日の続きを。
局は、去年たたみました。町に百貨店ができて、そちらに窓口が移ったので。
—— それで。
今年も、催促が来ました。
〔参考〕
逓信省 登川逓信局 作業事故報告書(写)
一、発生年月日時 大正十四年十月十七日 午後四時十二分 一、場所 登川郵便局 第二区分室 一、事由 区分棚転倒、係員一名下敷トナル。氏名不詳。 一、添付 身体検査成績票 一葉。氏名欄空白。身長四尺九寸、胸囲二尺六寸、体重十四貫。 一、備考 例年ニ依ル。
右報告ス。
(受付印 大正十四年十月十九日)