ホラムゲン

一一二八

夜の古いアパートの廊下。戸の隙間にノートと小さな紙の会員証。

九月四日 田口

壁が薄いと大家に言われたから、声はやめる。これに書く。桟の隙間から入れておくから、返事も同じところへ。

さくら文庫の会員証、番号を見てくれないか。俺のは一一二八だ。

九月五日 村瀬

一一二八。

作った日が違うのに、同じ番号が二枚あるか。おばさんに言うか。

九月六日 田口

作った日は同じだろう。九月一日、雨。一緒に行った。

九月七日 村瀬

九月一日は覚えている。雨も。橋の上で川が白かったのも。

隣を歩いていたのは君じゃない。

九月九日 田口

俺は鼻をおさえた。君は平気な顔で、工場が止まる日は匂わないと言った。

九月十日 村瀬

それを言ったのは君だ。

九月十二日 田口

襟が灰色になるから、洗濯物は一日で取り込むことにした。

ついでに数えた。俺の戸から洗面所まで十一歩。

九月十三日 村瀬

十四歩。

隣どうしで三歩違うか。歩幅の話じゃないぞ。夜にもう一度数えてくれ。

九月十四日 田口

夜は十四歩だった。昼にやり直すと十一歩に戻る。

九月十五日 村瀬

俺は昼も十四歩だ。

十月二日 田口

下でテレビをつけている。九回だ。君の部屋にも届くか。

十月三日 村瀬

届く。ただ、君のラジオは俺の右の壁から来る。二〇七は二〇六の右じゃないだろう。

十月十日 田口

大家の台帳を見た。二〇六、二〇八。二〇七の行がない。

さくら文庫のおばさんは「あんたら二人で一枚使ってるんだろう」と言った。会員証の住所欄が、二枚とも桜荘二〇六になっている。俺は自分の手で書いた覚えがある。

十月十一日 村瀬

俺も自分で書いた。二〇七と書いた。

十一月十日 田口

君がここへ来たのは去年の四月だったな。荷を上げるのを手伝った。

十一月十一日 村瀬

手伝ったのは俺だ。君の行李が階段の途中で引っかかって、大家に怒られた。

十二月一日 田口

さくら文庫、閉めるそうだ。張り紙に「テレビに負けました」と書いてある。会員証は記念に持っていていいと。

十二月二日 村瀬

返す本がまだあった。棚に戻したのに、貸出票に俺の番号が残っている。返却の日付が来月になっている。

一月十五日 村瀬

実家が緑ヶ丘の団地に入る。就職の話もついたから、俺も出る。

壁一枚で一年、声で話さなかったのはおかしいな。今度は表で会おう。

一月二十日 田口

出ていく音がしなかった。下駄の音も、荷の音も。廊下は十四歩のままだ。

二月三日 田口

村瀬。

昨夜の中継、九回で消えたな。大家が寝たんだろう。

二月四日 村瀬

消えた。俺も待っていた。

二月十日 田口

君は緑ヶ丘だろう。

二月十一日 村瀬

緑ヶ丘がどこか分からない。桟から風が来る。洗面所までは十四歩だ。

三月二十日 田口

卒業する。ノートは置いていく。会員証も挟んでおく。誰か読むかもしれない。

村瀬、一一二八が二枚あることだけは、いまでも説明がつかない。

(日付のない頁)

田口さんへ。

桟にノートと会員証がありました。番号は一一二八です。

洗面所までは十一歩でしたか。私は十四歩です。

返事は桟へ入れてください。

二〇六

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