焦点距離

取材記録:一九九一年(平成三年)十一月六日 場所:武蔵野市 都営第二境前住宅 三号棟二〇四号室 取材対象:加倉井栄治(七十一歳・元同住宅管理員) 聞き手:野村(嘱託調査員) 記録媒体:カセットテープ(TDK AE六十分)一本 ※本稿は、団地建替事業に伴う生活史聞き取り調査テープより、写真資料の検分箇所を書き起こしたものである。
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野村 では、こちらが昭和六十三年分のスリーブですね。
加倉井 そう。春のやつだ。日付は袋に鉛筆で書いてある通り、四月十二日。この年は桜が早くてね、もうすっかり青葉になってた。
野村 ライトテーブル、使わせていただきます。スイッチ、ここですね。
加倉井 ああ、ちょっと待って。蛍光灯が温まるまで端っこがチカチカするから。……よし、いいよ。ルーペはこれを使って。
野村 ありがとうございます。ピークの八倍ですね。
加倉井 それ、レンズが明るくて見やすいんだ。
[手順の一:一九八八年(昭和六十三年)四月十二日撮影フィルム]
加倉井氏、半透明のパラフィン紙製スリーブからネガシートを取り出し、ライトテーブルの乳白ガラスの上に置く。六コマ一連のネガが四段、計二十四コマ。 加倉井氏は小型のルーペを右目に当て、左手をライトテーブルの縁に添えて、三段目の左から三つ目のコマ(コマ番号十四)にレンズを密着させる。
加倉井 これだ。三号棟の二階、うちの玄関を出たすぐの外廊下から、中庭越しに向かいの五号棟を撮ったやつ。カメラはミノルタのSRT101。レンズは五十ミリの標準。絞りはたしか八で、シャッターは百二十五分の一だったかな。日当たりがいいからね。
野村 見せていただきます。……あ、本当だ。中庭の砂場と、向こうの五号棟の階段室が綺麗に入ってますね。四階建ての、あの特徴的な斜め階段の窓が見えます。
加倉井 砂場の脇に、ほら、藤棚があるだろ。コンクリートの柱が四本立ってるやつ。
野村 ええ、見えます。
加倉井 その藤棚の右側の柱の横に、人が立ってる。
野村 ……あ、いますね。小柄な方ですね。上着を着て、下はスカートでしょうか。背中を向けています。
加倉井 これはね、五号棟の三階に住んでた佐野さんの奥さんだと思うんだ。佐野さんは昭和三十四年の入居当初からいた人でね。旦那さんが早くに亡くなって、ずっと一人で暮らしてた。五十ミリのレンズでここから撮ると、二階の廊下から藤棚の柱までは直線でちょうど二十五メートルある。この団地は棟と棟の間隔がどこも正確に二十八メートルで作られてるから、歩幅で数えなくても距離はすぐわかるんだ。
野村 二十五メートル。ちょうどそのくらいですね。人物の背丈が、ネガの上で二ミリ弱くらい。藤棚の柱の高さと比べても、ごく自然な縮尺に見えます。
加倉井 そう。標準レンズっていうのは肉眼の見え方に一番近いから、二十五メートル離れた人間は、ファインダーの中でもちゃんと二十五メートル先に見える。
野村 佐野さんは、このとき何かしておられたんですか。
加倉井 藤の枝を見てたんじゃないかな。毎年、花が咲くのを楽しみにしてた人だったから。この年の五月頃からかな、足が悪くなって、だんだん外に出なくなっていったんだよ。民生委員の人が週に二回通うようになってね。
野村 なるほど。では、次のシートを見てもよろしいですか。
加倉井 ああ。スリーブを戻すから、ちょっと手元をあけてね。
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[手順の二:一九八九年(平成元年)十月二十一日撮影フィルム]
加倉井氏、二枚目のパラフィン紙製スリーブからネガシートを取り出し、ライトテーブルの乳白ガラスの上に置く。先ほどと同様に六コマ一連のネガが四段。 加倉井氏はルーペを右目に当て、左手をテーブルの縁に添えて、同じく三段目の左から三つ目のコマ(コマ番号十四)にレンズを落とす。
加倉井 これが次の年の秋。十月だ。元号が変わった年だね。同じ場所、うちの前の外廊下。カメラもレンズも同じ。五十ミリ。
野村 拝見します。……構図もまったく一緒ですね。砂場と藤棚、五号棟の壁面。
加倉井 秋だから藤の葉がすっかり落ちてる。
野村 あ、また写っていますね。藤棚のところ。
加倉井 そうなんだよ。そこを見てほしいんだ。
野村 ……あれ。ちょっと待ってください。
加倉井 気がついたかい。
野村 服装が同じですね。濃い色のカーディガンに、細かい柄の入ったスカート。後ろ姿で、少し前かがみになっていて。……でも、大きさが違いますね。
加倉井 大きいだろ。
野村 はい。さっきのネガだと二ミリ弱だったのが、これは……倍近くあります。三ミリ半くらい。藤棚のコンクリート柱の横幅と比べても、明らかに人物のほうが太く、高く写っています。
加倉井 五十ミリのレンズで人物がこの大きさに写るってことは、距離はどれくらいだと思う?
野村 ……だいたい十二、三メートルでしょうか。藤棚とこちらの廊下の、ちょうど中間あたりまで歩いてきていないと、このサイズにはなりませんね。
加倉井 そうなんだ。十二メートルくらいだ。普通ならね。でも、足元を見てごらん。
野村 足元……。
加倉井 藤棚の根元には、土留めの縁石が並んでるだろ。三十センチくらいの高さの、コンクリートの平たいブロックだ。
野村 ええ、あります。白っぽく見えています。
加倉井 この人の足の先は、その縁石の向こう側に隠れてるんだ。
野村 ……あ。
加倉井 見間違いじゃないだろ。もしこの人が十二メートルの距離、つまり中庭の真ん中の芝生のところに立っているんなら、藤棚の縁石の前に全身が見えてなきゃおかしい。縁石は向こう側にあるんだから。でも、ネガの像では、縁石が手前にあって、その向こうにこの人の靴のあたりが隠れてる。
野村 確かに……縁石の輪郭のほうが手前に重なっています。ということは、立っている位置はさっきと同じ二十五メートル先ですね。藤棚のすぐ脇です。
加倉井 位置は二十五メートル先なんだ。でも像の大きさは十二メートルの大きさなんだよ。
野村 望遠レンズに変えたわけでは……。
加倉井 変えてない。変えてたら背景の五号棟だって同じ比率で大きくならなきゃいけない。見てごらんよ、五号棟の窓枠も、藤棚の柱の太さも、砂場の囲いも、さっきの昭和六十三年のネガと一ミリも狂ってない。すっぽり重なるんだ。この人の像だけが、手前に引き伸ばされたみたいに大きくなってる。
野村 ……ピントはどうですか。ピントの合っている位置は。
加倉井 ピントはね、藤棚に合わせてある。だから藤の幹の皮のめくれたところまでちゃんとカリッと出てる。で、この人の背中も、同じようにピントが合ってるんだ。二十五メートルの位置で合焦してる。
野村 佐野さんは、この年の秋はどうされていたんですか。
加倉井 この年の八月にね、部屋で倒れてるのが見つかったんだ。熱中症だった。幸い命に別状はなくて、そのまま市内のリハビリ病院に入院したんだよ。だから、十月のこの日には、もう団地にはいなかった。鍵は私が預かってたから間違いない。
野村 では、これは別の方でしょうか。背格好の似た、別の住人の方が……。
加倉井 そう思いたかったんだけどね。次を見てほしいんだ。
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[手順の三:一九九〇年(平成二年)十二月四日撮影フィルム]
加倉井氏、三枚目のスリーブからネガシートを取り出す。紙が擦れる乾いた音がマイクに小さく入る。乳白ガラスの上に置かれたネガシートの端が、静電気でわずかに浮き上がるのを加倉井氏が指先で押さえる。 ルーペを目に当て、左手をテーブルの縁に添え、三段目・コマ番号十四に合わせる。動作の速度、手の位置、呼気の合間まで前二回と完全に同一。
加倉井 これが去年の冬。十二月だ。雪は降ってないが、すごく底冷えのする曇りの日だった。同じ場所。廊下の同じ鉄柵の隙間から。
野村 見ます。……。
加倉井 いるだろ。
野村 ……大きいです。これは、大きすぎる。
加倉井 ネガの上で、どれくらいある?
野村 七ミリ……いや、八ミリ近くあります。コマの縦幅の三分の一近くを占めています。
加倉井 五十ミリのレンズで人間が八ミリに写るってことは、距離にして五メートルから六メートルだ。二階の廊下から下を見下ろしたら、ちょうど真下のツツジの植え込みのあたりに立っていないと、この大きさにはならない。
野村 はい。手を伸ばせば届きそうな距離です。
加倉井 だけど、首のあたりを見てごらん。
野村 首……。
加倉井 藤棚の、横に渡してある桁の角材があるだろ。フジのツルを這わせるための、格子状の棚だ。あの棚の横木が、この人の首のところで、手前を横切ってるんだよ。
野村 ……本当だ。角材の影が、襟足のところにかぶさっています。
加倉井 ということは、この人はどこに立ってる?
野村 ……藤棚の下です。二十五メートル先です。
加倉井 そう。やっぱり二十五メートル先なんだよ。足元は縁石の向こうにあるし、頭の上には藤棚の格子が乗っかってる。背景との位置関係は、昭和六十三年の春と一寸も変わってない。あそこの、コンクリートの柱の脇にずっと立ってるんだ。なのに、ファインダーの中だけ、コマの中だけで、どんどんこっちに向かって膨らんでるんだよ。距離が縮まってるんじゃない。距離はそのままで、大きさだけが近寄ってきてる。
野村 ……。
加倉井 佐野さんはね、去年の十一月の末に、入院先で亡くなったんだよ。心不全だったそうだ。身寄りが遠くに甥っ子さんが一人いるだけでね、その人が来て、部屋の荷物を全部片付けたのが十二月の頭だった。この写真を撮ったのは、その片付けが終わって、トラックが去った翌日だったんだ。
野村 加倉井さんは、シャッターを押すとき、ファインダーの中にこの姿が見えていたんですか。
加倉井 見えなかった。
野村 見えなかった?
加倉井 なんにも見えなかったよ。ただの曇った冬の中庭だった。砂場には誰もいなくて、藤棚は枯れ枝ばっかりで、寒々しいなと思って押しただけだ。私は写真が好きでね、団地の四季の移り変わりを記録しておこうと思って、毎年同じ時期に同じ場所から撮ってたんだよ。退職したあとも、公団の広報に頼まれてたから。
野村 現像して、ネガを見たときに初めて……。
加倉井 そう。自宅の暗室でベタ焼きを焼いてね。コンタクトシートっていう、ネガを印画紙の上に直接並べてペタッと露光するやつだ。それを作って、ルーペで見て、腰が抜けそうになった。
野村 ……。
加倉井 この人、背中を向けてるだろ。
野村 ええ。三枚とも、向こうの五号棟を向いています。
加倉井 五号棟の、三階の、自分の部屋の窓を見てるんだと思う。
野村 自分の部屋を。
加倉井 あの部屋ね、階段室のすぐ脇の三〇二号室なんだけど、去年の片付けのときに甥っ子さんがカーテンも全部外しちゃってね。空っぽになった部屋のガラス窓が、中庭からよく見えてたんだ。佐野さんは、あの部屋に戻りたかったんじゃないかな。三十年以上も暮らして、旦那さんの位牌もずっとあそこにあって。
野村 ……。
加倉井 でもね、野村さん。私が本当に嫌なのは、そこじゃないんだ。
野村 と、言いますと。
加倉井 この三枚のネガ、人物が大きくなってるだけじゃないんだよ。……よく見てごらん。背中の、肩の傾きを。
野村 肩の傾きですか。
加倉井 一枚目。昭和六十三年。背筋がまっすぐで、顔は完全に正面――つまり五号棟のほうを向いてる。二枚目。平成元年。右肩がほんの少し下がって、首が右に五度くらい傾いてる。……三枚目。平成二年。
野村 ……。
加倉井 顔の輪郭が、少し見えてるだろ。右の頬の線と、耳たぶのあたりが。
野村 ……あ。
加倉井 振り向いてるんだよ。少しずつ。
(テープに約十秒間の無音。遠くを通るトラックの走行音と、蛍光灯の微小なジーという唸り)
加倉井 こっちに向かって大きくなりながら、同時に、少しずつ振り返ってるんだ。この調子でいくと、次に撮ったら……。
野村 今年は、まだ撮られていないんですか。
加倉井 撮れるわけないだろ。もう十一月だ。来年の春には解体工事が始まって、この団地は全部更地になる。住人はみんな先月までに新しい高層住宅へ移ったよ。残ってるのは、私と、あっちの一号棟の二軒だけだ。……私はね、もうカメラを押し入れの奥にしまい込んだよ。レンズキャップも外してない。
野村 ……。
加倉井 ただね、夜になると考えるんだ。あの人は二十五メートル先にいた。今もあそこに立ってるのかもしれない。中庭の、藤棚の柱の脇に。足元は縁石の向こう側で、頭は格子の下で。でも、もしもあの人が振り向き終わって、こっちと目が合ったとき、その距離は何メートルになってるんだろうなって。
野村 ……。
加倉井 目の前にいる大きさで、二十五メートル先から見てるのか。それとも、二十五メートル先にいるのに、息がかかるくらい近くにいるのか。それが、どうしても計算が合わないんだよ。
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[資料添付]
武蔵野新聞 一九九二年(平成四年)三月十四日 朝刊(武蔵野・三多摩版二十二面)
**都営住宅で解体前点検中に男性死亡** **元管理員の男性か 外廊下で倒れる**
十三日午前九時四十分ごろ、武蔵野市境前の都営第二境前住宅三号棟二階の外廊下で、同住宅の元管理員・加倉井栄治さん(71)が倒れているのを、解体工事の事前調査に訪れた住宅供給公社の職員が発見し、一一〇番通報した。加倉井さんはその場で死亡が確認された。武蔵野署の検視によると、死因は急性心不全とみられ、事件性はないという。
同署によると、加倉井さんは同住宅の取り壊しに伴い、先月末に近隣の新築都営住宅へ転居したばかりだったが、私物の整理などのため度々旧居を訪れていたという。発見時、加倉井さんは外廊下の鉄柵に両手をかけた状態で前のめりに倒れており、足元には一眼レフカメラが落ちていた。同カメラのフィルムは巻き戻されないまま、裏蓋が開いた状態になっていたという。